なぜ透析患者さんは運動が必要か透析患者さんとサルコペニア
骨格筋量の減少を必須の項目とした上で、筋力低下あるいは身体機能低下の いずれかを伴う場合にサルコペニアと診断されます。サルコペニアは低栄養、ベッドレストや座位中心の生活、慢性疾患など複数の因子によって引き起こされ、移動機能障害、転倒骨折リスクの増加、日常生活活動の障害、要介護や死亡リスクの増加をきたします。
透析患者さんにおけるサルコペニアの有病率は、12.7〜33.7%といわれていますが、2018年に握力、歩行速度、四肢骨格筋量(身長の2乗で割って補正)を測定できた当院透析患者さん227名中40%、91名がサルコペニアと診断されました。
また日本において、透析患者の大腿骨近位部骨折の頻度は1万人年あたり男性75.3,女性174.3であり、一般住民と比較して男性6.2倍、女性で4.9倍と高率で、透析歴1年未満でもすでに約4倍であったと報告されています。
透析患者さんは高齢化し、脳血管障害、心血管障害、骨関節障害などの重複障害をもつ患者さんが増加しています。食事量減少によるエネルギー・蛋白質摂取量低下、透析液中へのアミノ酸、タンパク質などの流出、透析治療や体調不良に伴う安静臥床時間の増加、腎不全状態や透析治療に伴う慢性炎症、サイトカイン産生などにより筋肉量、筋力、運動耐容能が低下し、一般の平均的な年齢より早い段階で要介護のリスクを抱えます。
透析患者さんは、栄養療法として工夫された食事を摂取しても, 摂取した蛋白質やアミノ酸が筋蛋白の合成には利用されにくい状態にあります。筋蛋白合成の最大の刺激因子は運動であることから, 筋肉量を維持するには、栄養に加えて適切な運動量の確保が必要です。
信楽園病院の腎臓リハビリテーション
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01 腎臓リハビリテーションとは
当院では2016年から腎臓リハビリテーションに取り組んでいます。
2019年に腎臓内科医師1名、理学療法士2名、看護師1名が日本腎臓リハビリテーション学会認定腎臓リハビリテーション指導士の資格を得ています。
同学会にて、「腎臓リハビリテーションとは、腎疾患や透析医療に基づく身体的・精神的影響を軽減させ、症状を調整し, 生命予後を改善し, 心理社会的ならびに職業的な状況を改善することを目的として、運動療法、食事療法と水分管理、薬物療法、教育、精神・心理的サポートなどを行う、長期にわたる包括的なプログラムである。」と定義されています。
腎臓リハビリテーションの中核である運動療法は, 透析患者さんに対して運動耐容能改善、蛋白質異化抑制、生活の質改善などをもたらすことが明らかにされています。 -
02 当院における腎臓リハビリテーションの目標
「職場や家庭での役割を果たし続けたい」、「自分の足で歩いて透析に通い続けたい」、「自分が今できることを維持・継続していきたい」と患者さんがそれぞれの目標を持ち、運動を生活の中に取り込んで習慣化し、体力を維持することで自己効力感を高め、前向きな気持ちで生活し、適切な食事療法を実践し、身体機能や日常生活動作の維持、生活の質や生命予後を改善させることが当院の腎臓リハビリテーションの目標です。 -
03 対象
現在の対象者は、疾患別リハビリテーションを行っておらず、運動療法が禁忌となる合併症がなく、日常の生活活動が概ね自立し、膝や腰など運動器に軽度の不安を抱えていて、本人が運動療法の実施・継続を希望する透析患者さんです。心大血管リハビリテーションに該当する状態にないかの検査と透析主治医の許可が必要です。 -
04 腎臓リハビリテーションチーム
腎臓内科医師、リハビリ科医師、理学療法士、透析室看護師、病棟看護師、管理栄養士によるチームが一人、一人にあった個別の運動療法、食事療法、水分管理、精神心理サポートを行います。月に1回腎臓リハビリテーション会議を行い、話し合いを行っています。
この会議で対象者を決定し、腎臓内科医師が本人に説明を行い、リハビリ科医師は運動器リハビリの処方、理学療法士は身体機能評価、個別介入、透析中運動の指導、自宅での運動指導、運動継続支援、半年ごとの理学療法評価を行い、透析室看護師は患者さんの状態観察、運動前後のバイタルサインチェック、運動中の見守りや声かけ、透析中運動の道具の準備と片づけ、心理面でのサポートや生活における課題の抽出を、管理栄養士は栄養指導と栄養評価を行います。 -
05 運動療法
透析前にリハビリ室で個別のリハビリテーションを実施し、透析室では透析中に運動を行います。透析中運動も患者さんが習得するまでは理学療法士が指導を行います。
リハビリ室では、柔軟性向上による疼痛緩和、レジスタンス運動による筋力増強、自転車エルゴメーターによる持久力運動、有酸素運動、自宅でできる運動指導や生活指導などを行います。
透析室では、①重錘ベルト、ゴムチューブ、ゴムボールなど用いてタイマーを利用し、数種類の運動を行うレジスタンス運動、②膝痛がある患者でも低負荷から行いやすいフィジオボール運動、③負荷量可変式エルゴメーター(てらすエルゴ)を用いた運動を組み合わせて、理学療法士が個別にプログラムを作成し、循環動態の安定している透析開始2時間以内に約20~30分間の透析中運動を行います。
運動の強度は自覚的運動強度としてBorg指数11~13「楽である」~「ややきつい」程度を目標としていますが、当日の患者さんの体調によりさらに低負荷、短時間としてもよいことにしています。理学療法士は可能な限り透析中運動の見回り、指導を行い、関節痛の有無、体調など患者さんの訴えを聞き取りながら運動プログラムの修正、変更を行います。
非透析日にもウォーキング、体操などをすすめます。 -
06 運動継続支援
運動の効果を期待するためには、運動を継続し、習慣とすることが重要ですが、それは非常に困難です。週3回の透析中の運動は運動を継続する一助となります。運動継続支援として、透析中の運動時間、そのほかの運動時間、歩数などを運動継続支援表に記載していただき、スタッフが頑張りを認め、励ましています。毎月の運動量が数字として可視化され、記録に残るため、自己管理やモチベーションの維持に役立ちます。
1年に1回、理学療法士、管理栄養士、看護師それぞれが、運動の実施記録や血液検査値、血圧、心胸比、ドライウエイトの変化、日常生活動作、精神・心理面の状態などをもとに評価を行い、腎臓リハビリテーション会議で話し合い、腎臓リハビリテーションの総合評価表を完成させて患者さんに渡しています。1年前に患者さんとたてた目標、1年間の患者さんの努力を振り返り、新たな目標につなげるきっかけとしています。患者さんの感想
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同じ運動をしていても前より楽に感じる
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歩いていても前より足が上がるようになった
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足のつりが減った
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腎臓リハビリテーションがきっかけでウオーキングを再開できた
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気持ちが前向きになった
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運動を継続していることで自信がついた
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生活面で何か変わったという印象はないが、自分のためになっている。透析中の運動は苦ではなく、これからも続けていきたい
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07 透析時運動のみの参加
2022年4月の診療報酬改定で、「透析時運動加算」が新設され、運動開始日から90日間に限り、研修を受けたスタッフが指導を行いながら透析中の運動を20分以上実施することが認められるようになりました。当院では日常の生活活動が概ね自立している患者さんを対象として腎臓リハビリテーションを行ってきましたが、移動動作に問題がある患者さんにも対象を拡大していきたいと考えていたところでした。
そこで、運動に興味があり、透析時運動をやってみたいと希望する患者さんに対して、透析主治医の許可があれば、リハビリ科医師の診察や心大血管リハビリテーションに該当するかどうかの検査は行わずに、腎臓リハビリテーション指導士である腎臓内科医、理学療法士、看護師の判断で透析時運動のみ開始する新たな選択肢をつくりました。その患者さんの身体能力、関節痛の有無、全身状態、どんな目的でどんな運動をしたいかという希望などを考慮して運動の種類を決め、低強度、20分から開始し、運動の様子を見ながら強度、時間を調節しています。
週3回の透析中に運動できれば1週間の運動量はかなり増加します。それをきっかけに非透析日にも運動を行うようになれば、運動の習慣化につながり、運動の効果を実感しやすくなります。
透析時運動を開始した患者さんより、「歩けなくなるのが心配で、身体を動かさなければと思っていたが、転倒するのがこわくて、一人では運動できなかった。透析中の時間を使って、指導を受けながら運動できることがうれしい。」という感想が聞かれました。
透析時運動を始めた患者さんで希望があれば、身体機能評価、リハビリ室での指導、透析中運動の継続、自宅での運動指導、運動継続支援、栄養指導も含む腎臓リハビリテーションのプログラムに移行します。 -
08 最後に
できるだけ多くの患者さんに運動療法に興味を持っていただき、まず透析時運動を試して運動開始のきっかけにしていただきたいと思います。運動の習慣化のためには、患者さんの生きる意欲を支え、栄養状態、生活の質、生命予後の改善につなげる包括的リハビリテーションを目指す腎臓リハビリテーションチームがお手伝いします。